この記事は、ずっと書きたいと思っていた記事。なかなかファクトが揃わなくて、記事にできないなぁ、と何度か断念。
しかし、どうしても、書きたいし、また、書くべきだと思うので、まだまだ準備段階で、記事とします。確定ver.ではないので、ほうぼう間違いがあると思います。しばし、温かい目で見守っていただければ、と。
コツコツ、下手したら、年単位での更新になるやもしれません。
吉野家にいかなくなった理由
狂牛病(現BSE)以降、あるテレビ番組のインタビューで糞社長が、「消費者に判断を任せればいい」と言い放ったのを見た瞬間、あ、二度と行かねぇ、と誓ったのが発端。
そして実際、それ以降、行ってない。
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「糞社長」は、ダメか。「うんこ社長」ならOKかな。いや、ダメか。「ウンコ」ならいいか。うーん、保留。
ほとんどすべての社長は、糞である。守銭奴に過ぎない。一部、稀に、まともな社長がいる。その存在確率は、おそらく5%だろう(支配的5%の説明)。
参考資料
2004年 吉野家 牛丼の販売を休止
最後の最後のところ、笑った😁
著作権表示、未定。おそらく久米宏時代の報道ステーション。
狂牛病の原因について
人間の都合で、食用牛に、共喰いさせたからだろ?
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上記、間違えてるか、検証。
余った肉骨粉の処理先
たしか、僕の記憶では、南米の鮭の養殖場へ横流しされた。
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上記、ファクトを挙げよ。
吉野家のレシピ再現
判断を間違えた企業の潰し方
不買。不買運動。
われわれは、企業に奴隷として雇われる労働者であると同時に、消費者という王様にもなれる。
だいぶ前だと、雪印が、その対象。
最近だと、Meiji Seikaファルマが、その対象。
吉野家の歴史
たしか、築地市場の一店鋪が初号。
安い早いうまい、について。たしか、当初は、早いうまい安い、の予定? だったという記憶がある。
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